管理人のブラジル回想記

No17

 

南半球のブラジル。

僕がブラジルにいた5月あたりは、秋口というか、晩秋、冬なのだろうか。

とはいえ、やはり晴れれば気温は30℃ぐらいだった。

雨が降れば気温は20℃に満たないぐらい、少々肌寒い程度。

空気もカラッとして、日本より過ごしやすい。

基本的に色白の僕も、少々日焼けしていた。

 

canal1の河口で自主練をするのも、見慣れた奴に手を振るのも、タイムリミットが近づいてきた。

 

最後の紅白戦は、まあまあだった。

声をかけてくるチームメイト、社交辞令の『bon!』にも慣れた。

満足できるわけがない。

けれども、これが最後のブラジルではない。

悔しいけれど、今回は悔しさを糧にしよう…。

 

最後の練習は、簡単な基本練習。

午前中の練習を終え、みんなに挨拶をした。

『また来るからな…』

そう告げてクラブを後にした。

 

花屋の小林さんが、軽くサントス市内をドライブにと連れ出してくれた。

1時間弱だったか…ちょっとsaudade(サウダージ・やるせない思い)を誘う。

小林さんは今でもあの場所で花屋をしているのかな?

 

挨拶をしたかった、ホテルのチアはいなかった。

ヴァウテルとチウに挨拶をして、迎えに来たジョルジさんとサントス市を後にした。

 

『また来るからな…』

何度も自分に言い聞かせた。

 

リベルダージの大阪橋をくぐり、リベルダージで何故か和食を食べる。

『ブラジルにはまだ侍がいるんですよ…』

ジョルジさんはそう言った。

不思議なところだ…リベルダージは。

町中で、日本語を話す人もいる。

しかし、みんなブラジル人。

 

夜のグァルーリョス空港は寒かった。

最後のコーヒーをと言われたが、僕はココアを頼んだ。

日本では考えられない甘さのコーヒーは、またブラジルに帰ってきたときに飲もう…。

ジョルジさんに、『待ってます!』と声をかけられたのをはっきり覚えている。

 

帰りの飛行機はガラガラに空いていた…。

離陸したとき、挨拶をできなかった人たちに、改めて感謝した。

 

3人がけのエコノミーシートは僕一人。

横になって起きたときにはロスアンゼルス。

日本まではあと10時間。

ジュースを頼むとき、ポルトガル語を話している僕。

 

saudade以外の何物でもない。

 

続く