管理人のブラジル回想記

No23

 

ユーラカンに来て数日後、僕にちょっとした衝撃が走った。

日本人の練習を見てくれていた、エレーノが、給料の問題から、練習を見られなくなったのだ。

チーム規定の練習以外は、エレーノが見てくれていた。

基本練習が主だったのだが、今となっては非常に重要で、貴重な練習だった。

 

『俺は今日からプロフェッソール(先生)ではなくアミーゴ(友人)だ』

彼は僕にそう言った。

 

僕は彼から色々教わったことがある。

彼のプロのキャリアを知らなかったから、ただのサッカーの上手いおじさんと思っていたが、カンピオナート・ミネイロ(ミナス・ジェライス州選手権)では、有名な選手だったらしい。

ジャイアントキリングの際、必ずゴールを決めるのはエレーノ。

彼がポウソアレグレというクラブに所属していた際、日本でも有名なクルゼイロやアトレチコ・ミネイロを破る金星に絡んでいたという。

 

しかし、彼は言っていた。

『そんなゴールを決めて勝った後にはな、お姉ちゃんを捕まえて、酒飲んで騒いで…そんなことしてたから、大きなクラブからは声もかからなかったし、成功はできなかったな…』

そして、

『オマエもプロ選手になりたかったらな、サッカーが上手いだけじゃダメだよ。』

僕と自主練で走りながら、語っていたことを忘れない。

 

ホーラという選手がいた。

人なつっこくて、顔はホマーリオ似。

仲良くなるには時間は必要なかった。

ある日、自宅に招待された。

『昼飯ごちそうしてやるよ…』

僕は彼と二人乗りして彼の家へ向かった。

 

ミナス・ジェライス州はゴールドラッシュがあった州。

とにかく山の中だ。

町の中にも、山がある。

斜面に建てられた家も珍しくない。

ホーラの家は、その斜面のほぼ頂上にあった。

自転車では絶対登れない。

しかし、見下ろした景色は絶景だった。

 

お世辞にも綺麗とは言えない家。

裕福ではないのだろう。

しかし、家族のみんなは幸せそうだった。

ニコニコしながら飲み物を出してくれる。

 

皿には米、フェジョン(豆料理。ブラジルでは必ずこれが出る)、レタスとトマト、そしてソーセージが二本。

この家の最高のもてなしなんだな…と感じた。

これが美味かった。

『美味しいかい?』ホーラが誇らしげに訪ねてくる。

僕は親指を立てて『muito bon!(とても良い、この場合は美味しいと伝えたかった)』と答えた。

ブラジルは、どこへ行っても人情のある町ばかりなんだろう。

 

ユーラカンについて3週間ほどして、清原さんの奥さんから電話が入った。

『…ジャバクアラ行きが決まりました…』

待ってました!

 

しかし、これがまた悲劇の始まりだった。

 

続く