管理人のブラジル回想記

No35

 

サッカー以外のユーラカンでの生活は快適だった。

寮の食事を作ってくれる黒人のおばあちゃん、ジッチーニャ。

両親を亡くし、身寄りの無かったクリスチアーナという子を引き取っていたり、優しいおばあちゃんだった。

孫のフラビアと引き取られたクリスチアーナの3人で、僕らの洗濯や、食事の世話、掃除などをしてくれた。

 

ホウペイロ(用具係)のホドリアーノ、

ある時ミニゲームをしている僕らのところに彼は混ぜてくれと言ってきた。

しょうがないので混ぜてやると、下手くそなくせにハッスルしていた。

全力で走り回り、いきなり震えながら倒れた!

それでもブツブツ言いながら足が動いている…

ブラジル人選手が驚いて助けに走る!

過呼吸による痙攣。

ほとんどボールを蹴ったことがないのに、でしゃばったかららしい。

数分後、『俺覚えてないよ…』と笑わせてくれた。

 

ある時、ホドリアーノが鶏を追いかけていた。

 

昼に鶏肉が出た。

ある日本人が口に手を当てた。

『何これ?』

とさかだった…。

ユーラカンでは鶏を飼い、食事に出すこともあった。

ホドリアーノは鶏を絞めていたのだ。

考えてみたら怖いよ…。

 

レモンの木があって、ジッチーニャが棒で良くレモンを落としていた。

その日の飲み物は決まってスッコ・デ・リモン(レモンジュース)。

これが美味かった。

『今日で今年最後よ…』と言って出してくれたスッコ・デ・リモン。

次の日からは…少々寂しかったなぁ。

 

会長アマウリ−。

彼はなかなかやり手。

ユーラカンFCの経営に関して、夜間はビンゴをクラブのバールで行っていて、しゃれた格好で近所の大人がギャンブルを楽しみに来る。

その他、コンピューター関係の仕事もしていたらしい。

その息子ガブリエル。

ゼ・エリアスに似ていたけれど、サッカーはイマイチ上手くなかった。

でも、会長の息子とか鼻にかけない、とてもいい子。

左から僕、シャンジーニョ、ガブリエル

何度か登場した、ルイジーニョ。

彼は監督と言うよりサッカー好きオヤジ。

基本的にチャレンジを認めるし怒らない。

批判も浴びるんじゃないか?と思ったけれど、ブラジル人選手からも慕われていた。

 

ある時ルイジーニョの家に誘われた。

昼食を食べに来いという。

歩いていると、アイスを売っている屋台。

『食べたいか?』と言われたので、もちろん!と答えると、迷わずアイスを買ってくれた。

僕も図々しいなぁ…・笑

 

家に着くと、家族全員での歓迎。

奥さんはなんと右腕を失っていた…。

それでも、命はある…と言い、神に感謝すると続けた。

食事の前に、家族全員で神に祈りを捧げる。

敬虔なクリスチャンの家庭だなと感じた。

 

面白いのは、ルイジーニョは試合に勝つと全員で祈りを捧げようと言い、円陣で神に祈りを捧げた。

しかし、負けると絶対に祈らない。

小さな矛盾が普通にあるのがブラジル。

 

ユーラカンがプロのクラブだったら…

もう少しここに残ろうと思ったかもしれないな。

ユーラカンの寮からグランドを見る
スタンドで愛媛から来た内藤と
10番を着てプレーした時

続く