管理人のブラジル回想記

No38

 

飛行機の中ではひたすら寝た。

トランジットのロスアンゼルスでも、トイレに行った以外は寝ていた記憶がある。

 

日本に着いた。

成田空港。

屈辱のまま飛行機を降りる。

日本に着いてホッとしたというのも本音だったが、ブラジルでの壁を越えられなかったのは事実だ。

寒さがその悔しさ、虚しさを倍増させた。

 

最後に見た、イタジュバの気温計は40℃だったのを覚えている。

日本の気温は10℃前後、温度差は30℃。

とにかく寒い。

 

電車を降り、家に帰る。

成田空港から30分ほどの四街道駅。

 

自宅は驚くほど綺麗になっていた。

 

いつもの公園に行く。

芝は枯れ、冬の日本だった。

息が白い。

 

自転車で信号待ちをすると、ついた足がつった。

温度差で筋肉が冷えたからだろうか?

 

それからは自主練の日々。

ブラジルから持ち帰ったフィジカルや、走り込みに明け暮れる。

試合なんかほとんど出来るわけがない。

毎週火曜日の山梨小学校の体育館と、日曜日の中央小学校の体育館。

そこでたまに馴染みのブラジル人と会う。

明らかに僕は恵まれていた。

言葉を忘れることはない。

 

本意ではない、日本で見る高校サッカーだった。

 

続く