管理人のブラジル回想記

※実話を過去の日記に基づいて回想しております。

 

No56

 

翌日、

僕個人的には良い目覚め。

 

午前中練習して、午後は親善試合で他の街へ行くという。

また強行スケジュール。

 

午前中の練習はフォーメーション。

普通に可もなく不可もなく終わった。

 

そして、メンバー発表になった。

 

僕の名前だけ呼ばれない。

『通訳としてついてきて欲しい』と言われ、頭に来た。

覚悟は決まった。

『俺は行かない!』

 

元から一緒に練習していたエドゥーに言った。

『俺は行かないから。通訳じゃないし。』

エドゥーは『お前の考えはよくわかる、お前は確かに通訳じゃない。』と答えた。

 

そして…会長のアンドレにも伝えた。

『俺は行かないから…』

 

数分後、監督がやってきた。

僕は行かないと決めていたので、ベッドに寝ていた。

そのまま昼寝してやろうかぐらいの勢いだった。

 

しつこいので起きあがる。

『なぜいかないんだ?』

『俺は通訳じゃないから』

『監督の俺と仲良くしたくないのか?』

『…さあね、知らない。』

こんなやりとりをしていた。

 

キャプテンのドニゼッチが事情を聞きつけ、僕のところにやってきた。

『お前のために、俺がゴールを決める…』

心意気には感謝だけれど、日本人が同じ台詞を言ったら恥ずかしいね。

 

そして、監督がいなくなった後、会長がやってきた。

『また選手達と監督はしばらく別行動になる。明日からはまた君たちは別の大会のために練習を再開するんだ…だから今日だけは我慢して行ってくれ…』

…会長にここまで言われたらしょうがない…。

 

午前中のフォーメーション練習に、スパイクではなくランニングシューズで参加したエドゥーがメンバーから外された。

代わりにそのユニフォームは、僕に回ってくることになったらしい。

しかし…僕はひらめいた。

 

僕はいかにも日本人の格好でバスに乗り込んだ。

清水エスパルスのジャージ。

 

1時間ほどでスタジアムに着いた。

 

ロッカー室に入っていく選手達。

僕はロッカー室に向かわなかった。

監督が寄ってくる。『着替えないのか?』

僕はこう答えた。

『選手に選ばなかったのはあなただ。だから僕はスパイクを置いてきた。元はエドゥーが出るはずだったんだろ?それと僕は通訳じゃないからね…』

そう、僕は手ぶらでバスに乗り込んだのだった。

 

当然その後、エドゥーと爆笑した。

 

試合は終始ウニオン・クルゼイレンセがリード。

ドニゼッチもゴールを決め、ベンチに向かって、『お前のゴールだ!こっちへ来い!』と興奮して走ってきた。

粋な計らいが嬉しかったけれど、少々の悔しさを誘った。

 

ベンチで散々野次っていた僕。

ポルトガル語で野次るのだけれど、審判にもろに『審判、泥棒!』と叫んだのが聞こえてしまった。

にっこりと笑い審判が寄ってきた。

『そこの日本人の方、ベンチから出てください!』

…やべぇ俺だ…

ところが…

指を指されたのは指導者研修で来ていたヤマさん。

ヤマさんはポルトガル語はわからなかったし、むしろ真剣に無言でファイルにメモを取っていた。

 

ヤマさんは審判に向かって、『俺は何にも言ってねぇよ!』と日本語で叫んで、スタンドに見立てた土手に歩いていった。

 

その後、僕は観客に向かって、

『あの人何にも言ってないよ。言ったのは俺だから!』と言うと、歓声が上がっていた。

 

試合は5−1でウニオン・クルゼイレンセの勝利。

監督とは当然話はしたくなかった。

 

寮に着いて、監督が握手を求めてきた。

堅く握り、『また!』と言っていた。

二度と会いたくないと思ったし、会うことはなかった。

 

ちなみに監督の名前は覚えていない。

 

この日の悔しさは、未だに何かに息詰まったときに思い出す出来事だ。

 

続く